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2007年10月

2007年10月28日 (日)

個別の幸せ――花火_071028

B子ケースにはまりすぎ、収拾がつかなくなってしまった。この方向は間違ってはいないが、正しいわけでもない。

Realbest


たとえば、花火見物はほとんどの場合幸せ。それが変わった花火であればなおさら。
花火はたった1回のチャンスで生まれ消えていく稀有な芸術だ。1つの花火はけっしてくりかえされることなく、空中で燃えつきて消失してしまう。燃えることに失敗してしまえばゴミになる。 その花火を地上にしがみついて、ぼうっと見ることに至上の喜びを感じないほうがどうかしている。 できれば、好きな飲み物と好きな食べ物があればそのあとどうなってもいい。 好きな飲み物とは、この場合、ハイネケンの生。好きな食べ物とは、現行の範囲内で考えれば、京たこの激辛だ。

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2007年10月 3日 (水)

たこ焼きを食べつくした悲しみ

Bさんのことを思い出すと今でも不思議な切なさがつきまとうので感傷的な強さがあるけれど、当時はそれほど強いものではなかった。胸に軽い痛みを覚えても何かに夢中になるとすぐに忘れてしまう。
未成熟な幸せの項目はいくつもあった。
ギターを弾いて岡林信康を歌ったり、ミとシをフラットさせたブルース旋律を覚えて、ブルース、ジャズ系の即興演奏の入口に立ったり、クラブで岩か朽木の塊が空中に浮かぶ絵を描いて「昨日の傷がまだ痛い」というタイトルをつけたり、毎週週末は市立中央図書館や区立中央図書館がある近隣の都会に行って、北杜夫、五木寛之、野坂昭如、星新一、太宰治や、サイバネティックスや相対性理論のわからないような、わかるような科学本を読んだ。すべてが芽の1つでそこからどうなるのかが楽しみだった。
そのころの幸せにめりはりはなく、どれも大切でどれもどうでもいい。Bさんのことも、本の続きも、友人との終わらない会話も、
幸せなシーンの影が薄いのは、悲しみがどれも浅かったから。ジュースを飲み、たこ焼きを食べながら漫画を読んでいて、ふと気づくとたこ焼きがなくなっていて、残念に思う。その痛さといずれBさんとは会話する機会がなくなると想像したときの痛さのあいだに、それほどの違いはなかった。
ようするに、何も考えていなかったに等しい。

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2007年10月 2日 (火)

ポイントシステム

VOCE系のペットは一向に文章をしゃべらない。
欠陥品じゃないのか? それとも何かコスメを買って
ポイントを集めないと進化しない仕組みなのか?

ここしばらく続いたシリーズを自分で読み返して
ぼく自身も一向に進化していないことがよくわかった。
やっぱりポイントをためないとだめなんだろうか。

高校生のころはためていたような気がするんだが、
何かをきっかけに吐き出してしまったような気がする。

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