万博の夜、電停の朝_070927
Bさんとは3年生も同じクラスになった。修学旅行は万博で、なんとかいっしょに回れないものかと思っていたけれど、うまく行かず、広場の途中ですれ違う程度だった。でも、その夜の宿で、「うるさくて眠れんのよ。ここにおっていい?」といって、Bさんがいつもの友人といっしょにぼくらの部屋に入ってきて押入れに隠れた。ぼくは級長だか班長だかでマネジメントする責任があったけど、もちろんうれしかったので、いいよとしかいわなかった。
すると、すぐに男の先生が血相を変えて入ってきて彼女たちを追い出した。入るところを目撃していたらしい。
そのあと、担任の女教師がやってきてぼくの監督責任をなじり、ぼくの眼鏡をとって「歯をくいしばりなさい」といった。ちょっと意外だったけれど往復ビンタをくらった。でもこの先生のことは好きだったので、教育的にしかられている、と素直に受け入れた。彼女たちを入れないように阻止するべきだったとも考えなかったが、先生たちがあわてた理由もよくわかった。そのことについてだけ申し訳ないと思った。
翌日、Bさんがぼくのところに謝りにきた。ぼくは彼女にまったく何も悪いものは感じていなかったので、気にしなくていいとはいったものの、彼女はとても気にしているようすだった。それからなんとなく疎遠になったような気がする。
ある放課後の掃除のときに、彼女の友人がぼくのところにやってきて「Bさんが、あたしのこと好きかって聞いている」と伝言してきた。それが何を意味するのか、都合のいいことを考えなかったわけではないし、その可能性は高かったと思う。いずれにしてもうれしかったのに、同時に見透かされた気がして恥ずかしく、「はいはい好きですよ。すっごく好き」と返した。嘘ではなくてそのとおりだったけれど、言い方に嘘くささをにじませないと恥ずかしくて仕方がなかった。どう思ったんだろう、その後、それに関しては何の反応もなかった。
友人との交際のことを聞いたのは、そのあとすぐだったような気もする。
高校に入って電車通学をするようになり、たびたび遅刻しそうになって1つ先の電停まで走ることがよくあった。そして、そういうときは眼鏡が必要なかったので、眼鏡が基本的に嫌いだったぼくはしばしばはずしていた。
電停の前の交差点で信号が変わるのを待っていたら、「山科くん」という、Bさんの声がした。うすぼんやりとした人影しか見えないのに、笑顔でこっちを向いているのがなぜかわかった。「あたし、わかる?」。もちろん、わかるに決まっているじゃないか。声が出ないのでうなずいた。眼鏡を取り出そうかどうしようか迷って気もそぞろだったのできっときょとんとした顔をしていたに違いない。
うなずいたのに、わざわざBさんは名前を名乗って、ひとことふたこと話しかけてくれた。ぼくは遅刻しそうなのが気になるのと、そのまったく逆の気持ちでどぎまぎして、うめくような返事しかできなかったような気がする。Bさんは笑顔のまま、多分、またそのうち、というような意味のことをいって、彼女の方向へ去っていった。ぼくは複雑な後悔を感じながら、もう学校が違うのでどうしようもない、という子どもらしい判断をして、彼女の後姿らしいもやもやを眺めた。それがBさんの存在に触れた最後だ。住所は知っていた。今でも一部を覚えているけれど、暑中見舞いも年賀状も出さなかった。多分、当時は出すべきでないと考えたのだろう。中学の同窓会はなかったか、出席しなかった。
今になって、はじめて思った。電停で会ったときに、呼び止めてでも、真面目に好きだと伝えればよかった。
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まだテストの話は続きがあるけれど、今、ぽっぺんを触ったら、こんなことをいわれたので、20数年前のことを思い出してしまった。


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