類型
しばらく前に特別な幸せを2大別したはずなのに
すでにそのどちらでもないものについて書いているらしい。
眠いときに書いていることが多いので、
どこかでフィルターが壊れているらしい。
まとめると、とりあえず4類型がありそう。
a. 女の子のこと(フロイト系)
b. 成績のこと(アドラー系)
c. まだ終わっていない祭り(ハレ)
d. 彷徨あるいは散歩(独立系)
aとcは多分、多くの人と共通しているはず。
aについては、人に聞いたことはないけれど、
文学作品には散々その痕跡が刻み込まれ、ぼくが1人だけ
特殊だったわけではないことがよくわかる。
cは、小学生のころのクリスマスシーズンや
正月のえもいわれぬ楽しさ、幼稚園の「お誕生会」でもらう
金魚バックの中の駄菓子などを思い出すと、共感しないように
するほうが難しい。
dは共通していないわけではないけれど、ただの散歩ではなくて
多分、移動、旅行、環境の変化すべてを含む感覚。
そのへんを歩いていても、ぼくはほとんど1人旅の感覚で歩いている。
2人いれば2人旅だ。3人でもなんとかなりそう。
でも、4人以上になると、たんに大勢で歩いているだけのことになってしまう。
7、8人の人を案内するというのは、
その全員から熱烈に愛されてでもいないかぎり、
多分、世間的なお付き合いの範囲を超えることはなさそう。
いや、それでもいい、という面もあるにはあるけれど。
d型幸せと「散歩が好き」という感覚は多分違う。
なぜなら、ぼくは「散歩」が嫌いだから。
散歩に行こうと思って出かける散歩はしない。
ある場所に行こうと考えて、途中で気が変わるか、
道に迷うかとしてさまようのが生きている実感があって好きなのだ。
そのへんを見学に行く、というのは、なぜか退屈でやりたくない。
観光地に行った場合はなおさら。
ただ世間にあわせて、そういうものを散歩と呼ぶことはあるけれど。
そうそう、類型をリストアップしたのは、b型の幸せがおそらく
理解されにくいと思ったから。いや、簡単に通じる相手もまたいるだろうけれど。
くだらないようでも、いろんなことに通じる感覚だったと思う。
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